長い間、男らしさというのは、ほかの男たちが自然にわかっているものだと思っていた。
生まれたときから、けんかの仕方、車の直し方、スポーツの話し方、ウイスキーの頼み方を知っていて、バーベキューグリルの横でも「次に何をすればいいですか」という顔をしない男たちがいる。
僕は違った。
僕はファッションの仕事をするし、コードも書く。デザイン、服、細かい部分、美しいものに興味がある。それを「男らしくない」と考える男もいるだろう。
でも、それで自分が男ではないと感じたことはない。
あとになって気づいたのは、世の中で男らしさと呼ばれているものの多くは、ただの包装だということだった。
ひげ。筋肉。低い声。高い時計。トラック。銃。ステーキ。葉巻。会社。そして、スポーツの数字を国際外交みたいな真剣さで語る能力。
どれも悪くない。
役に立つものもある。楽しいものもある。見た目がかっこいいものもある。
でも、それだけでは男になれない。
少年にもひげは生える。
臆病な男でも重いものは持ち上げられる。
不安だらけの男でも銃は買える。
完全に中身のない人でも、ポッドキャストは始められる。
本当に聞くべきなのは、
「自分は男らしく見えるか?」
ではなく、
「自分の足で立てる人間になったか?」
だと思う。
男とは、能力を身につけた少年だ
いちばん単純に言えば、男らしさとは「この少年は成長し、人生を扱える大人になった」という共通理解だ。
ただ年を取ったという意味ではない。
年齢は勝手に増える。
45歳でも、感情を人に管理してもらい、問題を片づけてもらい、決断を任せ、自分の行動の結果から守ってもらおうとする子どものような人はいる。
男になるとは、現実を扱えるようになることだ。
たとえば、
- 自分の世話をする
- 問題を解く
- 約束を守る
- 衝動を抑える
- 決断する
- 大切なものを守る
- 失敗したら責任を取る
- 状況が悪くなっても役に立つ
- 自分の重さを、全部ほかの人に持たせない
こうしたものが成熟の印なのは、その下に共通のものがあるからだ。
能力。
男と少年の違いは、予定どおりにいかなくなったときによく見える。
パニックになるのか。
消えるのか。
誰かのせいにするのか。
母親、彼女、上司、友達に全部片づけてもらわないと動けないのか。
それとも、問題を見て、自分がやるべきことを理解し、自分の分を処理するのか。
斧を持っているかどうかより、こちらのほうがずっと男らしさに近い。
外から見える男らしさは、だいたい推測だ
本当の能力は、すぐには見えない。
人を五秒見ただけで、危機に落ち着いていられるか、約束を守るか、子どもを育てられるか、嘘のほうが楽なときに真実を言えるか、家族が崩れそうなときに支えられるかはわからない。
だから、人は外側のサインを見る。
- 強い体
- 自信
- 規律
- お金
- リーダーシップ
- 女性からの人気
- 仕事上の地位
- 周囲からの尊敬
- 落ち着き
- リスクを取る力
こうしたものは、実際の能力を示すこともある。
でも、あくまで手がかりだ。
証明ではない。
筋肉は規律の結果かもしれない。
ただ筋トレが好きで、時間が余っているだけかもしれない。
事業の成功は、知性、勇気、粘り強さの結果かもしれない。
親から資金をもらっただけかもしれない。
静かで冷静なのは感情を扱えているからかもしれない。
何も表現するのが怖いだけかもしれない。
外側のサインには意味がある。でも、それは予告編であって、本編ではない。
男らしさには、そもそも演技がある
男らしさの多くはパフォーマンスだ。
だからといって、全部が偽物というわけではない。
どの文化にも、男はどう着て、どう歩き、どう話し、どう競い、どう冗談を言い、どう戦い、どう女性に近づき、どう敬意を示すべきかというルールがある。
ある場所では、大声で、攻撃的で、体が大きいことが男らしい。
別の場所では、静かで、自制心があり、家計を支え、家族に忠実であることが男らしい。
カウボーイ、韓国の会社員、メキシコの家長、英国の将校、ブルックリンのラッパーは、まったく違う方法で男らしさを演じているかもしれない。
それぞれに、書かれていない作法がある。
- どこまで感情を見せていいか
- いつ戦うべきか
- どんな服が地位を示すか
- 年上の男にどう話すか
- 女性の前でどう振る舞うか
- 侮辱されたらどうするか
- どれくらい痛みを隠すか
- どんな仕事が立派とされるか
ルールは時代と場所で変わる。
つまり、自然な男の行動だと思われているものの多くは、実際には学んだ行動だ。
少年は男を見る。男もほかの男を見る。
父親、兄、俳優、選手、兵士、ラッパー、宗教家、その世界で尊敬されている人を真似する。
そして、役をうまく演じようとする。
その演技の下に本物があることもある。
衣装しかないこともある。
ネット版「男になる方法」
ネットで「もっと男らしくなるには」と聞くと、だいたいこういう答えが返ってくる。
- ひげを伸ばす
- 重いものを持ち上げる
- 起業する
- けんかを覚える
- 狩りをする
- 釣りをする
- 銃を買う
- マニュアル車を運転する
- サバイバル技術を学ぶ
- 肉を焼く
- ウイスキーを飲む
- 多くの女性と寝る
- 感情を見せない
- なぜか朝4時30分に起きる
繰り返すけれど、多くは悪くない。
筋トレはいい。
戦えることは役に立つ。
事業を始めるには勇気がいる。
実用的な技能を学ぶのもいい。
焼いた肉はうまい。
でも、男らしく見える行動をしていることと、男になることは同じではない。
行動の形だけ覚えて、中身を育てないことはできる。
毒のない動物が、危険な動物の色をまねるようなものだ。遠くからはそれらしく見えても、近くに来ると中身がない。
早起きして、冷水を浴びて、葉巻を吸い、規律についての引用を投稿していても、彼女に謝れない男はいる。
デッドリフトで200キロ以上持ち上げても、批判された瞬間に崩れる男もいる。
リーダーシップを一日中語りながら、部下を全員ゴミのように扱う男もいる。
銃を六丁持っていても、父親を失望させることが怖い男もいる。
持っている道具が男らしくても、持っている本人が弱ければ意味はない。
アジア系アメリカ人の男らしさ
アジア系アメリカ人の男にも、独自の男らしさの演技がある。
多くの家庭では、「いい男」であることはまず「いい息子」であることだった。
- 成績がいい
- 立派な仕事に就く
- 問題を起こさない
- 家族を助ける
- 感情を抑える
- 口答えしない
- 礼儀正しくする
- 稼ぐ
- 人前で恥をかかない
- 自分の望みより義務を優先する
価値のあるものは多い。
規律は大事だ。家族も大事だ。自制心も、信頼できることも大事だ。
でも、いい息子と大人の男は、いつも同じではない。
いい息子は従う方法を知っている。
大人の男は、従ってはいけないときがわかる。
いい息子は親の承認を求める。
大人の男は、親を失望させても愛し続けられる。
いい息子は用意された道を歩く。
大人の男は、その道が本当に自分のものか考える。
韓国系アメリカ人の男には、履歴書の上では成功していても、自分が何を信じているか一度も決めていない人がいる。
言われた専攻を選ぶ。
安全な仕事を選ぶ。
家族が受け入れやすい相手を選ぶ。
対立を避ける。
年上の人が明らかに間違っていても黙る。
そして、それを責任感と呼ぶ。
本当に責任感のこともある。
ただ怖いだけのこともある。
そこが苦しいところだ。
必要なのは二つ
僕にとって、男であることは二つにまとまる。
- 背骨
- 度胸
もちろん比喩だ。
身体の話ではない。身体の一部を失っても、男であることは変わらない。
背骨があるとは、自分が何に立っているか知っていること。
度胸があるとは、そこに立つことで払うかもしれない代償を受け入れること。
それだけだ。
あとはほとんどスタイルだ。
まず、背骨を持つ
背骨があるとは、自分が真実だと信じるもののために立つことだ。
でも、その前に自分が本当に何を信じているか知る必要がある。
これは思ったより難しい。
自分の信念だと思っているものの多くは、次のものから来ている。
- 親
- 宗教
- 学校
- 友達
- インターネット
- 政治
- 文化
- 好かれたかった人
- 怖かった人
- いま自分を受け入れてくれる集団
同じ言葉を何度も繰り返したから、もう自分の信念のように聞こえているだけかもしれない。
自分の声と、ほかの人の声を分けるには何年もかかることがある。
自分に聞く。
- 家族について何を信じているか
- 仕事について何を信じているか
- 親に何を負っているか
- 親は自分に何を負っているか
- どんな関係がほしいか
- 忠誠とは何か
- どれだけ金をもらってもしたくないことは何か
- 友達を失っても守りたいことは何か
- どんな男を尊敬するか
- 何をすると自分への尊敬を失うか
- 人生の何を本当に自分で選んだか
- 何を怖くてそのまま受け入れたか
多くの人は、こういう質問を避ける。
不快だからだ。
できあがった人格をコピーするほうが簡単だ。
政治グループ、宗教、ネットの男らしさコミュニティ、職業文化、友人グループに入れば、完成した人格を渡してもらえる。
これがあなたの信念です。
これがあなたの敵です。
あなたのような男は、こう着ます。
こう話します。
この感情は持ってよくて、これはだめです。
自分で考えるより簡単だ。
でも、それは背骨ではない。
借り物の骨格だ。
立てば、影ができる
何かのために立った瞬間、人から見えるようになる。
世界の中で、はっきりした位置を取る。
すると、人はあなたに反対できる。
批判できる。
誤解できる。
笑える。
拒絶できる。
嫌いになることもできる。
だから、多くの男は曖昧なままでいる。
何を信じているか言わず、まず部屋の空気を読む。誰が強いか見て、その人に合う意見を選ぶ。
扱いやすい人だ。
でも、そこに本人がほとんどいない。
立つと、形ができる。
形のあるものには影ができる。
はっきり立つほど、自分がどこにいるか見える。
尊敬する人もいる。
攻撃する人もいる。
それも含まれている。
完全に対立から安全なまま、本当の個人になることはできない。
背骨のない男
背骨のない男は、最初から弱く見えるとは限らない。
成功していて、魅力的で、筋肉があり、面白くて、好かれているかもしれない。
でも、圧力がかかったときにわかる。
聞いている人によって信念を変える。
部屋でいちばん強い人に同意する。
誰かがパートナーを侮辱しても、対立を避けるために黙る。
親に人生を動かされても、「いや」と言う不快さを避けて従う。
友達が明らかに間違っていても黙る。
嫌な扱いを受け入れ、あとで陰で文句を言う。
全員を満足させるため、相手ごとに違うことを言う。
自分では「気楽な性格」と呼ぶかもしれない。
多くの場合、恐れだ。
背骨のない人生は、表面上は平和かもしれない。公開の対立を避けられるからだ。
でも、対立は消えない。
自分の中に移る。
恨み、苦さ、混乱が増える。どの決断が自分のものだったのかわからなくなる。
最後に振り返ると、全員にとって理にかなっているのに、自分にだけ合わない人生ができている。
次に、度胸を持つ
何を信じているか知るだけでは足りない。
それに従って行動する勇気が必要だ。
それが度胸だ。
はっきりした一人の人間になるリスクを受け入れることだ。
失うかもしれないものは多い。
- 承認
- お金
- 地位
- 仕事
- 恋人
- 友達
- 快適さ
- 家族の支援
- 評判
- 周囲が持っていた自分のイメージ
すべての思いつきのために人生を賭けろという話ではない。
それは勇気ではなく、無謀で迷惑だ。
本当に大事なことのためには、代償を払う覚悟があるということだ。
たとえば、
- 本当に結婚する相手を親に伝える
- みんなが立派だと言うけれど自分は嫌いな仕事を辞める
- 自分が間違っていたと認める
- その場にいない人を守る
- 受け入れられない条件のついた金を断る
- 外からは良く見える関係を終える
- 黙っていれば安全なときに真実を言う
- 年上や権力のある人に境界線を引く
- 捕まる前に自分の失敗を認める
- 他人に理解されない人生を選ぶ
多くの男は、何をするべきか知っている。
ただ、それが痛くなくなる日を待っている。
そんな日は来ない。
勇気は、悪いことが起きないと確信してから行動することではない。
悪いことが起きるかもしれないと知りながら行動することだ。
背骨はある。でも度胸がない
強い信念があっても、一生隠すことはできる。
自分が何者か知っている。
何を望むかもわかっている。
何が間違っているかもわかっている。
でも行動しない。
個人的には文句を言い、公の場では協力する。
メモアプリには勇敢な文章を書く。
いつかする予定のスピーチを想像する。
誰も怒らず、誰も失望せず、何も失わない完璧な瞬間を待つ。
そんな瞬間はない。
勇気のない背骨は、個人的な姿勢にすぎない。
立っていないので、誰にも見えない。
秘密に何を信じているかで男になるわけではない。
何を生きるかで男になる。
度胸はある。でも背骨がない
逆も問題だ。
攻撃性はあるけれど、原則がない男もいる。
戦う。言い争う。リスクを取る。状況を壊す。でも、何のために戦っているかはわからない。
勇気と無謀さを混同している。
人を侮辱し、対立を起こし、関係を壊し、ルールを破る。誰にも支配されないと証明したいだけだ。
それは強さではない。
大きな体で、子どもより大きなかんしゃくを起こしているだけだ。
原則のない勇気は、こうなりやすい。
- エゴ
- 暴力
- 愚かさ
- 意味のない反抗
- 自滅
- 力を感じるために人を傷つけること
男には両方が必要だ。
背骨が、勇気に方向を与える。
勇気が、背骨を頭の外に出す。
能力はやっぱり必要だ
原則があるからといって、役に立たなくていいわけではない。
名誉について何時間も語りながら、自分の生活を管理できない男には、まだ何かが欠けている。
男らしさは、能力につながるべきだ。
全員が同じ技能を持つ必要はない。
エンジンを分解する、鹿を狩る、雨の中で火を起こす、駐車場で五人と戦う。全部できなくていい。
ただし、自分が実際に生きている生活では有能であるべきだ。
少なくとも、
- お金を管理する
- 体を整える
- いくつか料理する
- 家をある程度きれいにする
- 基本的な緊急事態に対応する
- はっきり話す
- 怒りを抑える
- 謝る
- 決断する
- 約束を守る
- 助けを求めても、完全に無力にはならない
- 自分を頼る人を支える
- 問題が起きたとき、落ち着く
能力があるとは、自分がいることで状況が少し扱いやすくなることだ。
何かが壊れたとき、周りがあなたのパニックを管理するために半分の力を使わなくていい。
失敗したとき、真実を口から引きずり出さなくていい。
誰かが助けを必要としているとき、面倒だから消えない。
それが本当の信頼性だ。
規律は本物。でも衣装ではない
規律は、自分を統治できることを示すので男らしい。
でも、規律も簡単にパフォーマンスになる。
目覚まし時計を投稿する。
冷水シャワーを投稿する。
トレーニングを投稿する。
作り置きを投稿する。
暗い部屋とモチベーションの言葉を投稿する。
でも、こういう規律はあまり投稿されない。
- 同じ難しい話を四回目にしても、怒鳴らない
- バレない状況でも浮気しない
- 成功して見える物を買わずに貯金する
- 自分の怒りが人を傷つけているので、セラピーに行く
- 関係が気まずくても父親に電話する
- 始めた事業がうまくいっていないと認める
本当の規律は、退屈で、個人的なことが多い。
硬そうに見えることではない。
気分がまったく協力してくれなくても、必要なことをする力だ。
感情を扱うことと、感情を殺すことは違う
多くの男は、何も見せないことが男らしさだと教えられる。
泣くな。
怖いと言うな。
安心させてほしいと言うな。
傷ついたと言うな。
迷っていることを見せるな。
これは感情の強さではない。
感情の便秘だ。
コントロールとは、感情がないことではない。
感情が、そのまま行動を支配しないことだ。
怒っても残酷にならない。
怖くても逃げない。
悲しくても全員に救わせない。
拒絶されても憎しみに変えない。
泣いても、人間として崩れない。
感情を理解している男は、感情がないふりをしている男よりずっと操りにくい。
自分を知ることを拒否する男は、向き合わなかったものに支配される。
尊敬は要求できない
尊敬に取りつかれている男は多い。
女性から尊敬されたい。
ほかの男から尊敬されたい。
部下、子ども、パートナー、知らない人にまで尊敬を要求する。
でも、尊敬は駐車違反の罰金ではない。
従わせることはできる。
怖がらせることもできる。
無礼を罰することもできる。
本当の尊敬を強制することはできない。
尊敬は、人があなたの行動を見ることで育つ。
- 約束を守る
- 真実を言う
- 圧力の中でも安定する
- 責任を取る
- 弱い人のために立つ
- 好かれるために自分を裏切らない
- 何もいらない相手にもきちんと接する
- 結果を受け入れ、逃げさせてくれと泣かない
- 忠実であっても盲目にならない
- 事実が変われば考えを変える
何かのために立ち、代償が大きくなってもすぐ崩れない人を、人は尊敬する。
全員に好かれるという意味ではない。
尊敬する人は、全員から好かれているとは限らない。
ただ、はっきりしている。
「何も気にしない」が目標ではない
本当に男らしい男は、誰が何を思っても気にしない。そういう考えが人気だ。
でも、人間は社会的な動物だ。
評判、愛、所属、承認は大切だ。
完全に無関心になることが目標ではない。
承認が原則を上書きしないことが目標だ。
親が失望することを気にしても、自分の決断はできる。
友達が反対することを気にしても、真実は言える。
女性が去るかもしれないことを気にしても、境界線は守れる。
深く気にしても、従わないことはできる。
誰も必要ないふりをするより、そのほうがずっと強い自立だ。
男らしさはチェックリストではない
必要ないものはたくさんある。
- ひげ
- トラック
- スポーツ好き
- ウイスキー
- 狩り
- けんか
- 起業
- 多くの女性と寝ること
- 小屋を建てる能力
- スキンケア嫌い
- 美しいものを避けること
- わざと低い声で話すこと
- 感情的に不在になること
好きならやればいい。役に立つなら学べばいい。
でも、衣装が中の人をつくるとは思わないほうがいい。
僕はファッションの仕事をし、コードを書いていても男でいられる。
看護師も。
ダンサーも。
専業の父親も。
静かな男も。
優しい男も。
泣く男も。
スポーツに興味のない男も。
行動の種類が決めるのではない。
人格と選択が決める。
簡単なテスト
何かが男らしいか迷ったら、こう聞けばいい。
能力が必要か
より有能に、役に立つように、規律正しく、信頼できるようになるか。
背骨が必要か
自分の原則から動いているか。それとも、承認される型をコピーしているだけか。
勇気が必要か
選択の代償を受け入れられるか。
責任が増えるか
自分の重さを持つのか、それともほかの人に持たせるのか。
正直になるか
よりはっきりするのか、それとも新しい衣装をつくっているのか。
外から男らしく見えるかどうかより、ずっと役に立つ質問だ。
僕がなりたい男
遠くからは立派に見えて、近づくと崩れる男にはなりたくない。
人生のすべてが、誰かの男らしさのイメージに合っているかは気にしない。
僕が気にするのは、
- 代償があっても真実を言えるか
- 愛する人を守れるか
- 間違いを認められるか
- 難しい決断ができるか
- 危機の中で役に立てるか
- 家族に立ち向かっても、家族を捨てずにいられるか
- 自分を抑えても、自分を閉じ込めないか
- 本当に選んだ価値に従って生きられるか
- 拍手がなくても責任を持てるか
いつも完璧にできるわけではない。
誰にもできない。
男らしさは、一度クリアしたら終わるレベルではない。
選択するたびに、何度も確認されるものだ。
人生がこう聞くたびに、
「本当にそう信じているのか?」
行動が答える。
結論
男になることは複雑ではない。
難しい。でも複雑ではない。
自分が誰か知る。
何を信じているか知る。
自分の人生を持てるだけの能力を身につける。
真実だと思うことのために立つ。
そこに立つことで生まれるリスクを受け入れる。
ひげはいらない。
トラックもいらない。
すべてのけんかに勝つ必要も、すべての女性を口説く必要も、いちばん稼ぐ必要も、部屋でいちばん声の大きい男になる必要もない。
背骨が必要だ。
度胸が必要だ。
その二つを役に立つものへ変える能力が必要だ。
あとはスタイルだ。
